大学受験③

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私の受けた学科の試験科目は中国語だけでした。指定された中国語のテキストがありましたので、そのテキストを勉強しました。(中国語を学ぶためのテキスト)

試験が無事に終わり、合格発表日に学校に行くと、何と後日発表するとの事。これも日本ではないことですね!(笑)

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さて、日本ではない当時の台湾の教育課程についてご紹介します。

国父思想・・・これは孫文の三民主義です。大学入試にも組み込まれています。

軍事・・・外国人だから受けなくてよいということで、授業は受けていません。入学するときに指定されたブレザーを作らなくてはならず、皆それを着て授業に出ていたので、単位には含まれませんが、当時の台湾にとっては敬を要する授業だったのかもしれません。

また当時徴兵制度もありました。高校生の時に実弾で打つ練習もしたと聞きました。(女の子も)朝早く戦車が走っているのを見たことがあります。

授業は50分×2時間が基本でした。必修にはコンピューターもありました。

勉強は本当に大変でした。日本語ですら、知らないことを勉強するのですから。その日本語の資料も簡単に入手できないので更に大変でした。また半分近くは英語の書物をテキスト代わりにしますから、大変の〇乗です!

最初は睡眠3~4時間でももっていたので調子に乗っていたら、やはりツケがきました。台湾の気候にもどうしてもなじめず、台湾に居れば居るほど体調は良くない状況になるので、何が大切かと言えばやはり健康です。

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それから、当時の学生のこともご紹介します。

日本はバブル前です。台湾はこれから成長期に入るという時代でした。確か当時、台湾の国立大学の学費は年5万円、私立は20万弱だったような記憶があります。

大学に入学すると皆一斉に「親に申し訳ない」と口々に言うのです。親に負担をかけさせることがとても心苦しく思っているようでした。

お化粧をしているのは学校の先生ぐらい、来ているものもジーパンと、その点はとても気が楽でした。当時の日本では女の子は服装、お化粧で大変だったようです。

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日本に一時帰国した時に友人の大学に潜り込み、講義に参加しました。大きな教室でマイクを使っての授業。日本なら当たり前の光景だと思います。台湾ではこじんまりとしていて、中学・高校とそれほど変わらない教室での授業でした。

また先生の目を盗んで、授業を抜け出したりして台湾ではまずあり得ないことでした。そんな光景を見ることができたのも楽しかったです。