国際化社会

rawpixel / Pixabay

「国際化社会」という言葉を今は死語であると思いますが、私が高校生の頃に使われ始められた言葉です。といいつつ、この時代に備えて語学が必要だと感じていた人はそれほど多くはいなかったと思います。

当時の台北はすでに国際都市と言えたと思います。すでに当時世界の一流のものに触れることができる機会はたくさんありましたし、博物館等は当然のように英語での表示もありましたから。(今、思えば観光収入のためでもあったと思います)

台湾は国際的に認められていない国で、中国といつ何があるか分からない国ではありましたが、外国人はたくさん住んでいましたし、台湾に来て中国語を学ぶ留学生もたくさんいました。英語を話す機会は多いと思います。

台湾の土を踏むことによって、英語の大切さ、英語だけでなく、語学ができないとおもしろさや楽しさができる人よりも少なくなってしまい、結局はそれだけ情報量も少なくなるのですから、損をするのは自分だと実感しました。

また、語学学校においても英語を自由に話せないのは日本人だけだったような気がします。中学英語では会話らしい会話が全くできません。話が自由にできないというのは、自分が知らないことを知る機会を自ら放棄しているようなものですから、損ですよね。

多くの留学生を見て感じたことは、いい意味で自分の人生を歩んでいるということです。日本は敷かれたレールから一歩と踏み外すと敗者復活戦にも出ることができない国であると実感しました。このことについては次回書きたいと思います。