初めての台湾、住む家を決める

punnatorn / Pixabay




1987年 3月初め、両親と台湾へ行きました。

空港に着いたとき、独特のにおいがありました。現地の人はバス、タクシー、オートバイを使い移動し、オートバイは2、3人乗りは当たり前、そしてセブンイレブンは至る所にあり、活気に満ちていました。

父の仕事関係者のご夫婦、その方がお世話になっている台湾の方が案内をして下さいました。市内観光、それから住む家をいくつか探していただいていたので見に行きました。

住む家は何件か見に行く予定でしたが、最初の家で父が即決し皆を驚かせました。今となれば、そのご夫婦の家から歩いて5分もかからなかったし、お隣がその方と同じ会社(台湾では別会社)の方だったので、即決したと思います。

加えて、台湾に来る前にお話を伺った方も(家族で)台湾駐在経験があり、その時父はご自宅にお邪魔をしているので、大体の察しがついていたはずです。だから、即決に結びついたと思います。しかし、残念なことにお隣に住んでいた方は任期が切れて帰国、後任者の家族が入りましたが、間もなく日本人が多く住んでいるエリアへ引っ越しをしました。

 

約1年後、お世話になっているご夫婦に子供が生まれることもあり、郊外の日本人エリアに引っ越しをすることになり、私もこのご夫婦の近くの中国人家庭の一部屋をお借りすることになりました。台湾滞在期間、3回引っ越しをし、それぞれ個性があり、大変勉強になり、この経験は私の大きな強みと武器となりました。

台湾での最初の住居は六福大飯店(飲茶がおいしくて有名)の近くの松江路という所でした。

 

 




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