親の意識と子供の外国語教育②

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当時、私が感じたのは裕福な家庭、世界情勢に敏感な家庭は他の人とは一味もふた味も異なる教育を子供にしていて、これは単なる受験に勝つ詰め込み教育ではなく、どこの国に行ってもいくつになっても生きていくことができる真の教育のような気がしました。

全ての家庭がそうであるとは言い切れませんが、裕福な家庭ほど、生活は質素でモノを大切にしているように感じました。家庭でも確かに質の良い調度品はありますが、数は少なくすっきりしています。

貴金属を身につけるのは何か危険な目にあったとき、それを差し出すためと聞いたことがあります。治安が良くないので、例えばパーティーに招待されても貴金属は現地に着いてから身につける、また帰るときは外してから帰るといった話も聞いたことがあります。

また台湾はいつどうなるか分からない国であったこと、徴兵制度があったこともあり、余裕がある家庭は高校から子供を外国に出し、そのまま外国籍を取得、そのまま移住ということも珍しくありませんでした。しかも、一つの国に集中させず、兄弟、家族で世界に分散、何かあった場合は安全な国に逃げることができる準備はしていました。

また当時アメリカンスクールは月10万円していましたが、余裕のある家庭は子供をアメリカンスクールに通わせていました。アメリカンスクールに通った子は英語ができていいという目で見られていたと思いますが、実際通った子に聞きますとあっさり「今は英語ができる人がたくさんいるから、価値はないんだよ」と答えていました。彼女にも漢字をどうやって勉強したかと聞きますと、それはもう必死で勉強したそうです。確かにアルファベットしか習っていない子供が漢字を学ぶのは容易ではありません。小学校1年生でも日本人の大人が見ても難しい漢字をたくさん学習しなければなりませんから。

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話はそれてしまいましたが、共通していることは「お金はいつ何が起こってなくなるか分からない。だけど、学んだことは誰にも盗まれないし、学んだことを生かせば一生自立できる」ということが頭にあったのではないかと思います。それと国が不安定でいつどうなるか分からないということは常に頭にあったと思います。ですから、何かの時にはすぐに海外へ逃げるという頭があり、外国語が必要ということは当然のこととしてあったのではないかと思います。

平和な日本にいては、知ることができなかったことでした。